麻貴のひとりごと

思慮深く生きる〜わたしの場合〜

先日のブログにも書いたのですが

自分との対話

わたしはこれまで
なんとなく
という感覚で生きてきて

深く自分を見つめるということをせずに
生きて来た自覚があります

要所要所で
人生の選択はしてきましたが

熟考した記憶はありません

そういえば
まだ出会って間もないというのに
彼に
「君は考えが浅い」
と指摘されたことを思い出しました

チーーーーーン(-_-)

誰しもが
熟考すべきで

熟考しないのが良くない
というわけではないと思うのです

むしろ
なんとなくそう思う
という感覚は
自分の心の声として
信じて良いと思っていますし

【なんとなく】
に気づける感覚は
大切だと思います

多くの人は
思考が感覚を凌駕している
傾向にあるのかも知れませんが

わたし自身は
これまでの人生

あえて考えることを
避けて来たように感じているので

前述した
彼の言葉が頭に残ったのです

わたしがあまり
深く考えないようになったのは
こどもの頃の
母の言葉が影響しています

なかなかの心配性だったわたしを見て
若かりし頃の母は
きっと心配になったのだと思います

「事前に心配してもしかたがない。実際に事が起こってから考えなさい」

というような事を
度々言われていたように記憶しています

自分でも
その当時どんなことを考えて
不安になっていたか覚えているので

なんて細かなことまで心配する
子どもなんだろうと
呆れかえってしまうほど(^_^;)

成長するにつれ
母の言葉どおり
事が起こってから
対応策を考えれば良いことがわかったし

わたしが心配することが
実際に起こる可能性は高くないことも
わかったので

すこしずつ変化しながら
あまり考えない
わたしが形成されたのでしょう

それからというもの
余計なこと考えるのは無駄無駄〜♫
と生きて来ましたが

いま
考えてみると
母が言いたかったのは

まさに
余計なことを考える(心配する)ことが無駄】
なのであって

【思考することが無駄】
ではなかったはずなのです

うっかり取り違えた
幼い頃のわたし

自分を深く見つめるとか
感じるとか
意識して行動してみるとか

そういったことが
大切なことだって
気づいたからには

【なんとなく】
の感覚は大切にしつつ
もう少し思慮深くなってみようと
思った次第であります(^_^)♫